背骨の島

圧倒的な背中 わたしがこの世で一番 美しいと信じた背中。
わたしが繰り返し思い出し、唱えるように思い返す。全てを押し流すような、圧倒的に、美しく、振り向かない背中。

「背中っていうのはさぁ、頸椎と胸椎と腰椎も少し、あっ肋骨も少しと肩甲骨と、もう背中の筋肉全部のね、総合芸術なわけですよ」
そう言って、急に筋肉の名前は曖昧なんだなと興味なさげな声を上げる人の背を、5本の指を思いっきりすみずみまで伸ばしてからパシン、と叩いた。
「いたいよ」
その人は不満そうに振り返って、下まつ毛といっしょくたになるまで伸びた黒髪から半眼でこちらを見る。
「叩いたからねぇ」
痛みというとはじめに肉の痛みを想像するのだけれど、骨を犯す痛みというのは肉に及ぶそれより痛いらしい。たぶん、圧倒的に。
「あんたのさ、その背中フェチ?なんなの?どこで目覚めたわけ」
「きみはいつも興味がないことを知りたがるよね」
大学の空き教室の机の上に段違いに座り、わたしは見下ろして言った。
「なんで」
「なんで?」
意味をはかりかねて問い返す。
もともと眇めていた目をさらに細くして、唇を少し尖らせる。
「なんで興味ないって決めつけんの。いや、ないんだけど。そう、だからなんで興味ないって分かるんだよ」
「わかるよそりゃあ」
わたしは靴のまま机の上であぐらをかこうとして、さすがに気が咎めたので足を組む。下の段に座る人はまだ訝しげにこちらを見上げている。
「だってわたし、背中フェチなんだよ。きみの背中を見ればもう、分かっちゃうわけ。雄弁なの、背中っていうのは」
「そういうことを聞きたいんじゃない気がする」
「わたしにはそれ以外答えはないけど」
「女ってみんなそうなの?」
根拠があるように、まるで科学で証明されてるみたいな言い方するだろ、と目を細め、唇を尖らせ、美しい背中を丸めながらこぼす。
「そうだよ」
そんなわけないだろ、と、どちらを言おうか一瞬考えて、わたしも目を細めて少し笑った。
どう答えれば、きみの心に少しでも歪に残るだろうかと思った。でも残らない方がいいなと思った。歪だっていうのは、宝石とか、よく光るものに似ていると思う。骨は光らない。
「ふーん」
「きみにはずっと、毎日その白いシャツを着て通学してほしい。背中がすごく綺麗に見える」
「なんか気持ち悪いんだけど」
「それでわたしだけでなく皆幸せになるかもしれないよ?」
「うちの大学を背中フェチだらけにすんな」
「それもそうか」
とまた背中を思い切り叩いた。
「まぁ好きにして」
言いながら机から降りて、今日話し始めてから初めてほんの少し諦めたように笑った。
「言ったな?めっちゃくちゃ見てやるからな、めっちゃくちゃ」
「圧が強い、圧が」
「当たり前だよ」
3回目は、べしん、と強く叩いた。

骨を、骨を知りたかった
きみの骨にわたしの骨がぶつかり、ひどく痛めばいいと思って、何度もきみの背中を叩いた。

生きているから、きみが生きているからその肉と皮膚の走る背中は美しくて、美しくて美しくて、でもそこに潜む骨をわたしは欲しがったんだと思う。きみがいなくなったとき、その背骨のひとかけらをわたしは幽霊みたいに欲しがるんだよ。

きみの背骨がひとつほしい。
きみの背骨がひとつほしい。

そう心の中で唱えながら、きみの背中をいつも見ていた。


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小説を書こうと思って書きはじめたけれどなり損なって空中分解した。わはは。

骨をもらう、というのはその人と圧倒的な御縁がないともらえない、ということと、
その人が地上から消え失せなければ発生しない、ということと、
生きていても必要で、死してなお残るものであるということと、
人を文字通り形づくる基礎であるということと、まだ書き足りないけどたくさん、たくさん、託せるものがあるなと思う。

ここをずーっと見てくれている人は私がいかに背中に(背中という概念か?)に多くのものを託して祈るように生きてきたのかを嗅ぎ取らせてしまったやも、と思うのですがそれは真実に近いものだと思います。いや真実。

骨って生きているとむき出しでないから、骨は死に近いよね。限りなく。
死と同じもの、とまではなんか言えないけど。

BGMは菅田くんとあいみょんさんのキスだけで、という曲でした。

大好きな文字書きさんと骨充をしていて、ずっと骨とは…?と考えていたので書きました

楽しかったテンションがすこし香っていませんか。
いないか。

私も骨を欲しがりました。

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